流行ではなく、数字を追う日々へ。
2年目の夏、私はディノスのマーケティングを担当することになった。年に数回行われる販促キャンペーンの企画と、それに伴うDM(ハガキ)の制作担当。うちの会社にジョブローテーションがあることは入社前から知っていた。それでも正直、「やっと商品企画を覚えたばかりなのに、全く違う業務をするなんて…」と不安になったことをよく覚えている。ただ、弱音を吐いていても仕方がない。これも経験だと自分を励まし、ふたたび新人のような気持ちで仕事を覚えていった。
私の担当する大型キャンペーンでは、年間600万部ものDMがお客様の元に届き、そのDM経由の売り上げは、年間150億円にも上るという。「150億円ですか……」。数字が大きすぎて、想像もつかない。戸惑いながらも、先輩方の後ろをついて回り、様々なことを知った。例えば、同じキャンペーンでも、戦略次第でDM経由の売り上げは変わるということ。しかも、数千万円規模で変わるというから驚いた。その戦略というのは、DMを送るターゲット、タイミング、コピー・デザインなどのクリエイティブ、割引率…など、様々な要素が絡み合ってできている。そして、その時々の最適な仕掛けを考え、キャンペーンを打つ。キャンペーン終了後は、どんな人がどれくらいDM経由で買い物をしているのか、データを振り返る。1年半前、にぎやかな街で流行を追いかけていた私が、今は数字を追いかけている。
その中で、次第にわかってきたことがある。この仕事は、データと向き合う仕事と思っていたけどそうじゃない。一見、数字の羅列に見えるようなデータも、読み解いていくと一つひとつの数字に理由がある。例えば、お客様のレスポンスが低い要因を探っていくと、DMの文言に原因があったりする。お客様のためを思って記載した丁寧な説明文が、かえって読み手の負担になっていたのだ。数字の先には、一人ひとりのお客様がいる。そして、相手視点でつくり込まれたモノであれば、ハガキ1枚だとしても、たしかに人の気持ちを動かせる。そんなことを知った。
届けるまでが、モノづくりだ。
もうひとつ、学んだことがある。同じ季節に、同じ内容のキャンペーンDMを送るにも、去年と今年で結果が変わることがある。それは、その年ごとのイベントやニュースに左右されるから。社会が変われば、人の気持ちも変わる。人の気持ちが変われば、私たちの仕掛けも変わる。社会の流れが、この仕事をつくっているーー。そのことに気づいてから、テレビも、新聞も、SNSも、当たり前に受け取っていた情報の見え方が変わってきた。今までも街やSNSから情報は受け取っていたが、ターゲットである女子中高生のことしか考えていなかった。でも今は違う。例年よりも雨量の多い梅雨、世界各国から人が集まるオリンピック、新型コロナウイルスの蔓延、遠く離れた異国のニュース…。この情報を聞いたら、人々はどんな気持ちになるだろう、生活シーンにはどんな変化が起こるだろうと、もっと広い視野で人や社会のことを考えるようになった。すると、今までは気にもとめなかったコトやモノに対して、さらに興味が湧いてくる。何気ない毎日に変化が生まれていた。
またいつか「モノづくりがしてみたい」という思いはある。ただ、異動が決まった時の不安や戸惑いはもうどこかへ行ってしまった。今の経験が自分の糧になると思えているからだと思う。振り返れば、入社1年目の頃はどうやっていい商品を「つくるか」ばかりを考えていた。今はキャンペーンやDMを通して、どうやって「仕掛けるか」を徹底して考えている。つくって満足するのではなく、お客様に手にとってもらうところまでが、モノづくり。そう思うようになった。もしまた商品企画の現場に戻ることがあれば、お客様の気持ちや世の中の空気をたしかに掴むことのできる、つくり手になっていたい。そのために私は今日も、数字の先にあるものを見つめる。