共感を引き出す、広告づくり。
そのなかで、とりわけ記憶に残っている仕事がある。イミニでは、過去にタレントを起用したプロモーションを何度か実施してきた。例えば、お笑い芸人、元アイドルなどターゲット層の共感を得られそうな方をキャスティングして広告をつくってきた。しかし、思うような成果は挙げられていなかった。タレントを起用すれば、一回の掲載で莫大な金額が動く。その次のキャスティングを、僕が主導することになったのだ。
キャスティングの経験は初めてだったが、まずは仮説を立てるところから考えはじめた。イミニは女性向けのラインナップが中心で、ターゲットは、40代以上の肌の悩みを抱えた女性。まずは、SNSや雑誌、ニュースなどから、女性にヒットしている商品やブランド、プロモーションの事例を集める。なぜこの企画や女性の心を掴んだのか、自分なりに想像し続けた。それから意識したのは「広告はお客様にとって邪魔なもの」ということ。9割の人にスルーされるという前提で、どうやって残りの1割の人に目を留めてもらい、購入していただけるかを考える。僕が女性の気持ちを完全に理解することは難しいけれど、これまでイミニのサイトに訪れたお客様の行動を分析すれば、おのずと道筋は見えてきた。
ある仮説からたどり着いたのは、元女子マラソン選手である有森裕子さん。50代になった現在はタレントとして活躍しているが、かつてはオリンピックのメダリストだった方だ。イミニのお客様の多くは、彼女の活躍をリアルタイムで見てきた世代。アスリートとしての芯の強さがありつつも、彼女の飾らない自然体の雰囲気はイミニのブランドコンセプトにもぴったりだと思った。プロモーション全体を想像して、文言、画像、配信のタイミング、ターゲットのセグメントなどを何度も頭の中でシミュレーションしてみた。僕の頭の中では、お客様の心を掴めているイメージができていた。
事実の、その先を想像する。
結果として、有森さんを起用した広告は過去最高の反響があった。その勝因は、彼女の「生き方」が、お客様の共感を引きつけたことにあると思う。アスリート引退後も、変わらず輝きを放ちながら活躍する姿が、同世代のお客様の心を動かしたのだ。彼女と自身を重ね「私もまだまだ輝けるかもしれない」と、勇気付けられた人もいたかもしれない。こうして仮説は立証された。自分の仮説がうまくハマって成果が出た時には、とても気持ちがよく、面白い。
この職場には、型にはまったマニュアルもなければ、こうしなさい!という上司からの指示もない。その代わり自分で考えて、答えを導き出す機会はたくさんあると思う。日頃、僕たちは“受け取る”ことに慣れすぎていて、SNSを見ても、街を歩いても、誰かがつくったものを消費するだけになりがちだ。でも、自分が“生み出す”立場になり、人や社会に良い変化を与えられることが、この仕事の面白さだと思う。そのための一歩は、なぜ、どうやって、どのように、と問いを立て、自分なりの仮説を持つこと。自分の仮説を立証することは時間がかかるし、時には失敗し焦ることもあるが、その悔しさをバネにまた次のチャレンジに活かすことができる。まだまだ探求途中だが、何かひとつのことでもいい、「分からないことがあったらノブに聞け」と言われるような、社内で頼れる存在になれたら嬉しい。たぶん、僕にとっては料理も仕事も同じ。自分で探求して、答えをつくる。そして、誰かの笑顔をつくる。それがいちばんのエンターテインメントなのだと思う。